ふと最近を振り返っていて、怒涛だったな、と思い返していたので筆をとった次第です。どのくらい長くなるかわかりませんが、思い出として綴っておきたい。
関西(大阪)に拠点を移した。初めての関東を出て暮らすという体験で、すべてが新鮮である。大阪は人がなんとなく温かくて(コミュニケーションが関東より一個多い感じ)、街の空気がなんとなく自由で柔軟である。まあ、とにかく元気にやっています、ということで。
自分の人生の終わらせ方を考えた。いや、特になにかすごいことがあったわけではないのだけれども。父が急死した。幸い、本人はとても幸せそうな最期であったのが、救いである。残された方は大変そうではあるが(実際、大変だった)。
この経験をきっかけにして、自分は最期どうしたいか、どういう最期を迎えたいのか、否が応でも考えるようになった。今のところ明確に決まってはいないのだけれど、妻を見送ってから、なるべく他人様の迷惑にならないように身辺を片付けて、それから死にたいと思っている。遺言というほど大袈裟なものではないけれど、私が死んでから読んでほしいノートをつけるようになった。
最期までの人生は、ある意味では暇つぶしというか、そんな風に自分の人生をとらえなおすようになった。少し肩の力が抜けたようにも思えている。ここで「父の死を無駄にしない」「父との約束を果たす」みたいに思えたらかっこいいのだが、現実はそれほどドラマチックではない。もともと父を含め実家とは疎遠になっていたので、それほど喪失感を感じていないのが本音である(生きているときに大きな喪失感をすでに持っていた)。早いな、とは思ったが。
ひとつ誤解のないように言っておきたいのだが、暇つぶしというのはだらだらと過ごしたいというわけではない。気負いすぎずにやっていく、程度のものである。元来、私は生きることに肩に力が入りすぎていて、「誰かのために」とか「社会のために」とか「これが正解だ」みたいに考えがちであった。今はそれがいいように抜けてきてちょうどいいのかもしれない。とはいえ、どうせなら全力でやりたいことをやって暇をつぶしたいものである。
全力でやりたいことをやるために、会社をつくった。誰に指図されるでもない、自分の理想を追い求めるためのただの箱である。別に箱なんてなくてもやろうと思えばやれるのだが、人間不思議なもので箱があった方が進めるのだと知った(法人税を支払うために少しでも会社に収益が必要となるからかもしれない)。
一人会社である。Webサイト作成とか、データ解析とか、そういうのが私は好きらしい。このWebサイト作成とデータ解析をしている時間は本当に楽しく夢中で取り組んでいた。まったくお金には結びついていないが、ありがたいことに訪問数や閲覧数は右肩上がりである。うなぎのぼりと言ってもいいかもしれない。ありがたい限りである(もしご関心があれば、URLを下記に貼っておくのでどうぞ)。
幸運にも会社を作ってから新聞に取り上げてもらったり、お仕事の依頼をいただいたりと、滑り出しは上々である。食っていけるほどではないけれど、少なくとも来年の法人税は支払えそうである(よかった)。
あまり会社の成長とか考えていないのだけれど、一応この会社の目標がある。この会社の最終的な目標は「薬学・薬剤師の知恵と努力の集積場をつくる」ことである。それは工房のようなものなのかもしれないし、シンクタンクのようなものなのかもしれないし、メディアのようなものなのかもしれない(自分でもよくわかっていない)。地理・歴史でいうところの扇状地と道修町、つまり人と物が流れ込んで、そこで溜まって、混ざる場所のようなイメージ…なのだが伝わるだろうか(伝わらないかもしれない)。
私としては大層な目標であるが、社会に必要だと私が思っているから仕方がない。できるかどうかは全く自信がないが、気づいてしまったからには全力で取り組んでみる所存である。
昔、私の先輩に「気づいてしまった人の責任である」と言われたことがやけに印象に残っている。言った当の本人はもうすでに忘れてしまっているかもしれないが、私としては半分呪いのように大事にしている。気づいてしまったので、全力で取り組むしかないのである。
私の心持ちとしては、「幕末の志士」であると(勝手に)思っている。自分の理想を胸に、幕府側について新政府軍に戊辰戦争でやられるか、薩長土肥側について明治維新後に暗殺されるか、どちらにしても短命だなあ、なんて思っている(死にたいわけではない。生き延びられればそれが最も良いのは言うまでもない)。
会社を作ってみて、挫折体験もした。理想をかかげるのは簡単だが、かかげ続けるのは大層難しい。世の中お金である。理想をかかげ続けるにはお金が必要である。お金がなければ、理想を維持することはできない。
人でもいろいろと感じることがあった。本当に応援してくれる人と、そうでないうわべだけの人の区別がつくようになった。大半は後者であって、それが普通である。全員が応援してくれるほど世の中甘くはないのである。その中で本当に応援してくれる人が私の周りにも何人かいてくれて、感謝してもしきれない。
これらはやってみたからこそ分かったことである。やってみた感想として、私はすべての起業家を尊敬する。本当にすごい。私はこの荒波をいつまで乗りこなせるか自信はない。人生の暇つぶしとしてやれるだけやってみる。暇つぶしなのだからそこまで人や物事に期待しない。そして自分にも期待しない。人生ほどほど。そんな感じが私の身の丈に合っている。
そういえば同時期に論文を執筆していた。ありがたいことに大学院とは別に研究をさせていただいていたのだが、そこから3本、論文を執筆することができた。まだ審査中なので今後どうなるかわからないが、知の発展に少しでも貢献出来たらそれも嬉しい。なにより、一緒に研究してくれた方々への恩返しになると思って執筆させていただいた(どうか出版までこぎつけますように)。
大阪に来てから私のADHD気質が少し改善されたようで、今までよりも集中できるようになった。環境を変えることは重要なのかもしれない。
最後に、就職することになった。私の今までの経験や視点を評価してくださって、雇っていただけることになった。大変嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいである。期待に応えられるように(かといって過剰に頑張りすぎずに)、自分なりに精一杯貢献していきたい。
このタイミングで就職することで、自分の理想を持ち続けられると考えている。やはり生活に安定がなければ、今後も全力でやりたいことに取り組むことはできないだろう。
なお、博士課程も継続する。こちらも一歩ずつ、まるで亀のような歩みではあるが、進んでいる(と信じたい)。なので、今後は会社代表と勤め人と大学院生の三足の草鞋でいく予定である。人生の最期までの暇つぶしを、全力で取り組んでいく所存である。
というわけで怒涛の4か月を振り返ってみた。
なんの役に立てるかもわからない雑文に、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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