#6_副部長のひとりごと_名古屋旅行記①

副部長のひとりごと

7時台の乗車券をくださいと言って、いざ手配されたチケットが7時ちょうど発のものだった場合に「それはほぼ6時台じゃん」と思ってしまう現象に名前はあるのか。「7時20分~50分くらいの乗車券をください」と具体的に言えばよかった。でも、そこまで自分たちの想いを掘り下げて把握していなかった。こちらに落ち度がある。7時ちょうど発は7時台だ。たとえ1分遡れば6時台であるのだとしても…。

名古屋への一泊二日旅行は、3か月ほど前から計画していた。新幹線のチケットを買いに上野駅のみどりの窓口に行ったのは旅行の前日だった。ほぼ6時台だけど7時台の乗車券を買った。その後、たいしてやらない準備が大変そうだとか、旅行前日ってほぼ旅行中だよねという謎感覚だとかに導かれて外食することになり、近所のもんじゃ屋さんで食事した。もんじゃもお好み焼きも店員さんが焼いてくれるし、美味しいし、店外に喫煙スペースもあって、好きな店だった。

お腹いっぱいになって、ふと「僕今日眠れるかなあ」と言う部長。遠足の前日は眠れないたちなのだ。実は私もそうなのだけど、年を取るにつれて笑いごとではなくなってきている。ゴールデンウィークに千葉県勝浦市に日帰り旅行に行った時に寝不足だったが、その時は旅行の翌日から疲労で3日間寝込んだ。今回は絶対に眠らなければ。

旅行当日、5時半にセットしたアラームを聞くことはなく、4時半に目が覚めた。そのまま眠れなかった。まあ人生こんなもんだと思った。「the best version of me」の幻想にとらわれて現実の自分に過剰なジャッジをしてしまう。眠たくて疲れていて、半分くらいしか楽しめなくても、まあそんなもんだし、それでいいのだと諦めた。健康のためにベストを尽くせるほど健康ではないんだよな。喫煙者だし。関係ないか。

新幹線の中、部長は何かしらの仕事の動画を見ながら時折眠っていた。部長の特技の一つは「ちょっとだけ寝る」ということができることだ。平日のお昼もちょっとだけ寝る。夜遅くに会議があるときは、その前にちょっとだけ寝る。新幹線でもちょっとだけ寝るができる。なんて羨ましいのだろう。部長は自分のことを繊細な人間だと思っているようだけど、実は無人島に放り出されたら最後まで生き残るタイプなのではないか。右手の生命線、二本あるし。まあこれも関係ないか。ともかく、部長は東京から名古屋につくまでの1時間半を有意義に過ごしていた。

私はずっと目をつぶって瞑想していた。でもたまにSNSを開いて、その日の大谷翔平ニュースをチェックした。これは日課だ。読む美容液みたいなものだ。大谷翔平のホームランの動画を見るとちょっと元気になれる。あとは、通信大学のテキストをペラペラっとめくり、そっと閉じるなどしていた。

浜松を過ぎたあたりから雨が降り始めた。新幹線の窓は、まるで雨粒に引っ掻かれたように濡れていた。正直、雨ってテンションが下がる。傘をさすのが面倒だし、靴は濡れるし、なんだか全身ベタベタするし、頭痛になる時もあるし。でも旅の同伴者がいる場合、あからさまにテンションを下げるのは気が引けると思った。

「うわー、雨だね。」と、実際の気持ちよりも少しだけニュートラルな表現で、旅の同伴者に話しかけてみた。「ほんとだー。雨、嫌だなあ。」と返ってきた。「嫌だよねえ。」と返した。よかった。雨だけど楽しみだね!と言われたら、テンションが下がったことを後ろめたく思って更にテンションが下がってしまうところだった。私ってなんて繊細なんだろう。私って生きにくそう。とにかく更にテンションが下がることがなくて、よかった。自分の成長も感じることができたし。

どこで成長を感じたかというと、「嫌だよねえ」のその先の部分…「傘からちょっと出た肘の部分に雨が当たることが嫌。肘が出ないほど大きい傘は重くて持ちたくない。小さめの傘で、肘が出ないように腕を体の前でぎゅっとすると、だいたいカバンが濡れるから嫌。総じて嫌。雨が降ることは仕方ないことは理解しているけど、世の中、仕方ないで片付けられてしまうことが多す… 」の部分を、言わずにぐっと飲み込んだのだ。親友がSNSでリポストしていた「言わなければ前に進めないことは言う。言わなければ気が済まないことは言わない。」を実践できた。また一つ成長してしまった。しかも「これからは旅行前に天気予報を見よう」とまで思えた。成長しすぎたかもしれない。名古屋に着くと空は晴れて、雨は上がろうとしていた。

名古屋には、昔3年ほど住んでいたことがある。新幹線を降りて太閤通の大きなビッグカメラを見ると、昔の日記がひとりでに開いたように思い出が蘇ってきた。あのビックカメラの近くであやしいバイトの面接を受けたことがあるな。詳細は誰にも言えないな。名古屋駅ナンパ多いよな。髪が長い時はよくナンパされたけど、ベリーショートにしたらパタッと減ったのなんだったんだろう。一回だけついていったことがあるとは誰にも言えないな。結局面倒になって人生で初めて人を撒いたなあ。人生で二度目の「撒き」も名古屋だったな。その時はもっとシリアスな撒きだったけど、詳細はネットには書けないなあ。なんて、香ばしいことばかりを思い出した。

ここに住んでいた頃のことを考えると、私は変わったな、ものすごく遠くまで来たなあ、と思う。懐かしむのはほどほどに、今の私でもう一度、この街の思い出を作ろうと思った。ついに雨が上がってルンルンしている部長を見ていると、私もルンルンしてきた。

~名古屋旅行記②へ続く~

【筆者について】
副部長(ふくぶちょう)
関西出身・関東在住・会社員
最近のできごと 短期間だが独居がさみしい

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